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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)692号 判決

原告

株式会社鍛冶関鉄工所

原告

高浜工業株式会社

原告

鈴木勝晴

右原告ら訴訟代理人弁護士

林武雄

外二名

右原告ら補佐人

仙渡正

被告

幾世正一

被告

合資会社幾世鉄工所

右被告ら訴訟代理人弁護士

長畑裕三

外三名

主文

一、被告幾世正一は原告株式会社鍛冶関鉄工所に対し金五〇万円、原告鈴木勝晴に対し金五〇万円及び、これらに対する昭和四一年一二月三〇日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二、原告株式会社鍛冶関鉄工所、同鈴木勝晴の被告幾世正一に対するその余の各請求及び、被告合資会社幾世鉄工所に対する請求を棄却する。

原告高浜工業株式会社の請求を棄却する。

三、訴訟費用中、原告株式会社鍛冶関鉄工所と被告幾世正一との間に生じた分はこれを一〇分し、その九を同原告、その一を同被告の負担とし、同原告と被告合資会社幾世鉄工所との間に生じた分は同原告の負担とし、原告高浜工業株式会社と被告らとの間に生じた分は同原告の負担とし、原告鈴木勝晴と被告幾世正一との間に生じた分はこれを五分し、その四を同原告、その一を同被告の負担とし、同原告と被告合資会社幾世鉄工所との間に生じた分は同原告の負担とする。

四、この判決は、原告ら勝訴の部分につき、それぞれ、仮に執行することができる。

事実

〈前略〉

4 被告らの不法行為の態様

(一)  不当訴訟

被告Iは原告Kに対し昭和三六年五月一二日付で、イ号口型及びロ号口型が本件実用新案を侵害しているとして、その製造販売の停止を求めた権利侵害通告をなし、次いで、名古屋地方裁判所に対しその製造販売禁止の仮処分を申請したが(同庁昭和三六年(ヨ)第四七四号事件)、同原告に法定実施権ありとして申請を却下されるや、名古屋高等裁判所に控訴し(同庁同年(ネ)第四二八号)、本件実用新案が前記3(二)記載の如く消滅した後においても、右訴訟を維持継続して、昭和四〇年八月一七日右趣旨の仮処分認容の判決を得て執行した。しかも、これより前、被告Iは昭和三六年九月原告Kを相手取つて名古屋地方裁判所に対し、実用新案権に基く通常施権不存在確認請求の訴(同庁同年(ワ)第一五五六号)を提起し、更に、本件実用新案消滅後の昭和三九年六月に至り、原告Kを相手取つて同裁判所に対し、実用新案権侵害排除並びに損害賠償請求訴訟(同庁同年(ワ)第一四一〇号)を提起し、現に、なお係属中である。

(二)  不当告訴

被告Iは、原告関において、すでに、昭和三五年末限りでイ号口型の製造販売を止めているにも拘らず、六ケ月間の告訴期間を経過し、かつ、本件実用新案自体、前記の如く消滅した後である昭和四〇年一一月、本件実用新案の侵害ありとして、名古屋地方検察庁に対し原告K及び同Sを告訴し、ために、異例ともいうべき強制捜査をさせ、多数の顧客まで取調べをさせ、困つて、原告Kの営業を著しく妨害したが、結局、右告訴事件は昭和四一年告訴権消滅を理由とする不起訴処分で終了した。

(三)  不当宣伝

被告らは、連名で共同して、昭和三六年春頃以降本件実用新案消滅後も引続き、原告Kの取引先はじめ被告らの取引先その他の業者のみか、関係官庁等に対してまで、原告Kにおいて真空式製管機とし製造販売している土管製造機は、原告Sが本件実用新案の考察を盗取したものであり、したがつて、右は、本件実用新案を侵害する物件であるから売買してはならない旨文書又は口頭で悪意の宣伝をなし、恰かも、原告Kの取扱う真空式製管機全部が実用新案を侵害した禁制品である如く仕做し、関係者をしてそのように誤信させた。

(四)  新聞広告の不当掲載

被告らは共謀のうえ、本件実用新案消滅後の昭和四〇年一〇月一六日付日刊工業新聞全国版第七面の下段に、横四八行縦三段の大きさで、別紙目録(六)記載のとおり「急告」と題する警告文を被告ら連名で掲載した。ところで、被告らが右文中で勝訴したとする判決は前記仮処分判決であるにも拘らず、本案の終局判決であるかの如く表示して、読者をして、恰かも、原告らの権利侵害が確定的であるかの如く認識させ、かつ、本件実用新案は口型部分のみに関するものにすぎないにも拘らず、堅型真空土管機自体まで、権利に抵触しているかの如く表示し、更に、被告Iのみならず、本件実用新案の権利者でもない被告合資会社I鉄工所(以下単に「被告会社」という。)との連名にして広告し、しかも、この種業界、需要者層等の関係者のみならず、何ら関係のない一般の新聞読者にまで、原告K、同Sが権利侵害者である如く判断させることを狙つた悪質な営業妨害をなしている。

なお、原告Kは、昭和四〇年一〇月二日付日刊工業新聞に「謹告、真空土管機の御使用について」と題する広告を掲載したが、これは一般の需要者層を対象としたに過ぎず、被告らを意識してなしたものではない。これに対し、被告らの前記広告は、原告Kを名指しで扱つているうえ、原被告間の係争を取上げた昭和四〇年九月二九日付及び同年一〇月一一日付日刊工業新聞記事に引続いて掲載されたものである事実に徴しても、その違法性は明白である。

5 被告らの責任

(一)  原告らは、昭和三六年五月被告Iから、前記の如き権利侵害通告を受けて以来、被告らに対し機会あるごとに、イ号口型、ないしハ号口型等は、いずれも、本件実用新案の技術的範囲に属さないことを主張論証し、被告らの十分なる調査と反省を求めてきた。したがつて、被告らとしては、よろしく、原告らの販売するイ号口型、ハ号口型等と本件新案とを慎重に彼此対比し、的確な鑑定意見を求める等して、虚心に、非は己れにあることを悟り、原告らに対して、本件実用新案に基づく権利行使等をしないようにすべき義務がある。しかるに、被告らは、こと、ここに出でず、終始、原告らに権利侵害ありとして、漫然、前記の如き違法行為を敢えてした。

(二)  仮にしからずとしても、およそ、実用新案権者がその権利を行使し、第三者に対し妨害排除その他の強硬手段等をとるについては、自らの権利が有効に存続していることを確認してこれをなすべきは当然である。しかるに、被告幾世は登録料を納付することを失念したため、本件実用新案は前記の如く失効するに至つたにも拘らず、同被告はこれを看過し、昭和三九年二月一七日以降においても、依然、原告らに対し前記権利侵害行為を持続していたのである。

(三)  以上のほか、前記の告訴については、被告幾世は、告訴期間経過後に、敢て、告訴した過失があり、また、新聞広告の掲載については、被告らは、虚偽の内容を掲載したという故意または過失がある。〈後略〉

理由

一〜三〈略〉

四被告らの不法行為の態様

次に、原告が主張する被告らの各不法行為につき、以下、順次検討することとする。

1不当訴訟について、

(一)  請求原因4(一)記載の事実は当事者間に争いがない。

(二)  そこで、被告幾世のした仮処分の申請、執行に違法性が存するか否かにつき判断する。

(1)  〈証拠〉によれば、被告Iは昭和三六年五月一二日原告Kに対し、当時、同原告が製作、販売、拡布していた真空製管機は本件実用新案に抵触しているとし、訴外弁理士をして右各行為の差止めの催告書を作成させ、これを同原告に送付したところ、同原告は権利抵触の点については明確に争わず、専ら、先使用に基く通常実施権を有するとして、右催告に応じられない旨抗争するに至つたこと、これがため、被告Iは同月、原告Kを相手取り各古屋地方裁判所に対し、同原告の真空式製管機の製造、拡布禁止の仮処分を申請したところ(同庁同年(ヨ)第四七四号)、同裁判所は口頭弁論を関いてこれを審理したが、その際、同原告は、同原告の製作する右真空式製管機と、同被告の本件実用新案にかかる堅型真空土管機とが同一の考案に基づくものであることを自白し、先使用による通常実施権を有することを抗弁し、同裁判所は右抗弁を採用し、右仮処分申請を却下したこと、そこで、被告Iは控訴したところ(名古屋高等裁判所昭和三六年(ネ)第四二八号)原告Kは控訴審の中途において、右自白を翻し、初めて、両者に構造上の差異が存するとして、同原告の真空式製営機は本件実用新案の権利範囲に抵触しない旨の主張をするに至つたこと、控訴審は原告Kのした右自白の撤回を許さず、かつ、先使用の抗弁も認められないとして、昭和四〇年八月一八日被告Iの申請を認容して、同原告に対し、本件実用新案の権利範囲に属する堅型真空土管機の製造、販売、拡布を禁止し、右既製品等の執行吏保管を命ずる判決を言渡したこと、被告Iは右仮処分二項の執行に着手したところ、当時においては、すでに、原告Kにおいて口型の設計変更をなしていたため執行不能となつたこと、しかし、被告Iとしては、当時、原告Kを相手取つた差止め、損害賠償の前記別件訴訟が進行中であつたため、改めて、仮処分申請をしなかつたこと及び、その後、右仮処分は、後記の如く本件実用新案の消滅を理由として昭和四一年三月一一日事情変更により取り消されたこと(名古屋地方裁判所同年(モ)第五四〇号)が認められ、右認定に反する原告S本人尋問の結果は措信しえず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(2)  次に、本件実用新案が昭和三九年二月一七日登録料不納により消滅したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉及び本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、被告Iは昭和三八年一二月頃(或いは昭和三九年一月頃)、本件実用新案の第四年度以降の登録料約三〇〇〇円を前納するよう通知を受けたので、当時、被告会社の経理を担当していた訴外Mに対しこれを納入するよう指示したこと、そこで、同被告としては、もとより、右登録料は納付されているものと信じて疑わなかつたこと、ところが、右Mはこれを納入することを失念してしまつたため、本件実用新案は実用新案法三二条、三三条により、当初の納付期限昭和三九年二月一七日が経過したときに遡つて消滅するに至り、昭和四〇年三〇日扶消登録がなされたが、同被告は本件実用新案が消滅したことを全く知らなかつたこと、ところが、同年一一月頃、同原告より本訴の委任を受けたD弁護士が実用新案登録原簿を閲覧した結果、右抹消登録を発見し、本訴と併行して進行していた前記別件訴訟(当庁昭和三六年(ワ)第「五五六号、昭和三九年(ワ)第一四一〇号)の口頭弁論期日(昭和四〇年一二月七日午前一〇時、或いは昭和四一年二月八日午前一〇時のいずれかの期日)において、同被告ないしはその訴訟代理人にこれを告知したこと、そこで初めて、同被告は本件実用新案消滅の事実を了知するに至つたことが認められる。

(3)  以上認定の事実に基いて考察するに、先ず、被告Iが原告Kに対し、本件実用新案侵害差止めの被告をなし、かつ、本件仮処分申請をした当時、同原告が実施していたロ号口型が本件実用新案の権利範囲に抵触しないことは前記認定のとおりである。しかし、これを、前記認定した事実関係とも被此総合するときは、被告Iにおいて、当時、原告Kに本件用新案の侵害ありと信じ、右仮処分の申請をし、後記時点まで、これを維持したのはまことに、無理からぬものがあると考えられ、したがつて、他に、特段の事由なき本件では、この点に、同被告の過失があつたとはいい難く、原告が請求原因5(一)で主張するところは事実に副わない所論として採用し難い(この点は、以下、後叙の各不法行為についても同様である)。

(4)  しかし、右仮処分申請中の昭和三九年二月一七日、本件実用新案権が消滅するに至つたことは右(3)認定のとおりである。

およそ、実用新案権は、その権利の存続期間中一定の登録料の支払いを義務付けられているのであり、特に、四年以降の分は前納すべき義務があるのであるが、法は、期間内に納付がなかつた場合でも直ちにこれを消滅させず、期間経過後六カ月以内に正規の登録料のほかに、同額の割増登録料等を納付すれば失権を免れさすとともに、納付がないときは、当初の納付期限が経過するときに遡つて消滅するものとしているのである(実用新案法第三二条、第三三条)。したがつて、実用新案権者として自己の権利を保持、存続さすためには、必ず、右登録料を支払わねばならないわけである。もとより、このことは、実用新案権者として、一般的には、その権利の保持、その利益擁護のためになされるものであることは被告の主張するとおりであろう。しかし、本件において、被告Iは本件実用新案を有するとして原告Kに対し、差止めの仮処分を申請し係争中であつたのである。すなわち、本件実用新案の存在は、それが右処分の被保全権利である点において、仮処分債務者たる同原告と関連せざるを得ないわけであり、本件実用新案が消滅した以上、その被保全権利の不存在は確定され、もはや、右仮処分申請を維持し難く、右は、明かに、違法仮処分申請として却下されねばならないものである(尤も、このような場合でも、仮処分申請の維持自体は、その執行と異り、直ちに、これを不法行為と目し難い場合もあり得よう。しかし、本件においては、右仮処分申請の骨子は不作為を命ずる仮処分であるから、被保全権利の消滅が明白である以上、その申請の維持自体不当であると解する)。したがつて、被告Iのした右処分申請の維持、仮処分判決の執行は、他に、特段の事由なき限り、同被告の過失に基づいてなされたものと推定するのが相当である。その他、被告Iにおいて、これを維持し、執行したことについて相当事由があつたとは、これを認め難いところである。

(三)  次に、被告Iのした本案訴訟の提起並びに維持が、原告主張の如く不法行為をもつて目し得るか否かにつき案ずるに、同被告が原告Kを相手取つて、昭和三六年九月通常実施権不存在確認請求訴訟を提起し、かつ、前記の如く本件実用新案消滅後の昭和三九年六月頃実用新案権侵害排除及び損害賠償請求訴訟を提起し、現に、係属中であることは前記(一)認定のとおりである。しかし、およそ、訴による不法行為が成立するためには、単に、それが結果として敗訴に帰したというだけでは足りず(本件では、このことも未確定)、訴がそれ自体として違法性を帯びていること、すなわち提訴者が請求権の不存在を知りながら、他の不法な意図目的のために敢て訴の手段に出た場合か、または、提訴者が請求権の不存在を知らなかつたことにつき、著しく非難されても止むを得ないような重大な過失が存する場合に限定されるべきであるところ、本件においては、これを認めるに足りる証拠はなく本件本案訴訟の提起、維持をもつて不法行為ということはできず、したがつて、この点に関する原告の主張は理由がない。〈中略〉

2不当告訴について

(一)  被告幾世が昭和四〇年一一月原告K及び同Sを被告訴人として名古屋地方検察庁に対し、本件実用新案侵害被疑事件の嫌疑ありとして告訴したこと、及び右告訴事件は昭和四一年告訴権消滅を理由として不起訴処分で終了したことは当事者間に争いがない。また、本件実用新案が昭和三九年二月一七日に登録抹消され消滅したこと、及び被告Iが昭和三六年五月一二日原告Kに対し権利侵害による差止めの催告を発したことは前記1(二)認定のとおりである。

よつて案ずるに、被告Iは、すでに、右差止めの催告をした時点において、原告Kの実施行為を了知しており、また、右実施行為は、本件実用新案の消滅により、それ以後権利抵触の余地すら存しなくなつたのである。したがつて、仮に、本件実用新案消滅当時における原告らの実施行為が権利侵害となるとしも、右消滅後六カ月の経過により、被告Iの告訴権は、当時、すでに、消滅していたものと解される。しかるに、被告Iは、前記のとおり、本件実用新案が有効であつて、原告らの権利侵害は持続しており、これに対し同被告の告訴権は存するものと軽信して本件告訴の挙に出たものであるから、この点において、すでに過失なしとしない。〈中略〉

3不当宣伝について、

(一)  被告Iが個人名義自らの得意先に対し、パンフレット等を配布したことは同被告の認めるところである。

(二)  〈証拠〉によれば、原告Kは、昭和四〇年一〇月二日付の日刊工業新聞に、同原告が同年八月下旬かんざし棒の実用新案を取得したとして、今後、これを使用する機械はすべて権利侵害となる旨の広告を(広告掲載について当事者間に争いがない)、次いで、同月一一日付の同新聞に、被告Iの不当な訴に対しては右権利を切り札として使う旨の談話を各掲載したこと、ところで、右のかんざし棒は古くから公知であり、すでに、永く土管機に使用されて来ていたので、原告Kの取得した右の実用新案登録は違法の疑いがあつたにも拘らず、同原告Kが敢えてこれを登録したのは、本件係争にからみ、被告らの営業を妨害する意図に出たものと推認されること、被告Iは、これに対抗するため、同月頃自己の得意先を確保すべく、止むなく、(一)認定の如き書状を送付し、原告Kが広告したかんざし棒について権利侵害の慮れが全くないことを説明したものであるが、その内容、表現も穏当であることが認められ、その他、被告が原告らの営業を妨害すべく、不当宣伝等をなしたことを認めるに足りる証拠はない。

以上のとおりであるから、この点を云為する原告らの主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

4新聞広告について、

(一)  被告らが連名で請求原因4(四)掲記の如き新聞広告を掲載したことは当事者間に争いがない(なお、右広告文の本文中、「昭和四十年八月十七日高等裁判所は同社に、私の権利抵触にかかる堅型真空土管機の製造、販売、拡布をしてはならないこと、また、既製品、半製品及びその製造に使用する機械器具一切の占有を名古屋地方裁判所執行吏に保管せしめる旨の全面勝訴の最終判決を言渡されました」とある部分は太字である)。

(二)  原告は、右広告は被告らの両名のした悪質な営業妨害行為であると主張し、次の如く敷衍する。すなわち、右広告文にいう判決は、前記の如く仮処分判決であるにも拘らず、本案の終局判決であるかの如く認識させ、かつ、本件実用新案は口型部分のみについての権利に過ぎないのに、堅型真空土管機自体についてまで権利侵害している如く仕做し、また、業界需要者層のみならず、一般の新聞読者にまで、原告K同Sが権利侵害者である如く判断させるものである。

しかし、昭和四〇年九月二九日付日刊工業新聞には、すでに、「原告Kと被告I鉄工との間に真空土管機の実用新案権を巡つて五年越しの係争」なる見出しで、「当事者双方の本件紛争の発端、同被告の提起した前記本案訴訟の係属」を紹介し、更に、「同被告の申請した本件仮処分申請に対し名古屋地方裁判所がこれを却下したが、このほど、名古屋高等裁判所が原判決を取り消して同被告勝訴の判決を言渡した。しかし、両社とも、いまなお、強気に係争を続けており、窒業機械業界では珍しい長期係争となつており、本訴が再開されれば、ますます泥沼に入ることになる。係争の中心点は土管のソケット部を打成する金型の印ろうはめの部分である」旨の記事が掲載されたことが認められ、これに続いて、同原告が同年一〇月二日付の同新聞にかんざし棒に関する広告を掲載し、次に同月一一日付の同紙に、同被告に対し対策をとる旨の談話が掲載されたことは前記認定のとおりである。しかも、堅型真空土管機の係争は、口型部分を除外しては無意味であることも明白である。これらの各事実等を念頭において、本件広告文を検討するに、その措辞は必ずしも的確でなく、また、その表現に、若干、適切を欠く憾みがないでもないが、これを虚偽の内容とは断じ難く、また、原告の主張するような営業妨害行為に該当する広告文であるとは、とうてい、これを認め難いところである。〈証拠判断・略〉

叙上のとおりであつて、本件新聞広告の不当性、違法性は、にわかに、これを肯認し難いところであるから、原告らのこの主張は失当である。

三損害について

1原告鍛冶関分

(一)  逸失利益

(1)  原告Kは、主として前記四4の新聞広告の不当掲載を理由として、逸失利益の請求をするが、右が、未だ不法行為をもつて目し得ないこと、右に説示したとおりであるから、この請求は、すでに、この点において理由がない。

(2)  そこで、次に、原告Kの前記四1の違法仮処分及び四2の不当告訴に基づく逸失利益の請求について案ずるに、当裁判所は、結論として、右各不法行為と右損害との間の相当因果関係の存在は、結局、これを認め難いところであり、この請求も失当であると判断する。すなわち、同原告は昭和三九年一一月以降昭和四〇年一〇月まで一年間の販売実績四六台を基準とし同年一一月以降昭和四一年一〇月までの一年間の販売数は二台に滅少したとし、その差額四四台分の純益金六八八万一五九六円は被告Iのした不法行為に基づく損害である旨主張し、〈証拠〉中には、これに副う部分が存する。しかし、〈証拠〉及び本件口頭弁論の全趣旨によると、右基準台数及び販売台数自体についても、いささか、疑念の余地なしとしないうえ、本件で顕われたすべての証拠を検討しても、本件仮処分ないしは本件告訴が、原告Kに売上高に影響を及ぼしたとは、にわかに、これを認め難いのである。しかも〈証拠〉によれば、全国の土管製造業者は極めて限られた数しかなく、そのうち半数以上が愛知県内に存すること、真空製管機は土管業界の趨勢及び原告Kと被告会社との激しい販売合戦等によつて、昭和三九年頃には、一応、全国的に普及をみるに至つたこと、右機械の法定耐用年数は一〇年前後であること、本件真空製管機で成型される土管である並管の需要は、ビニール管の進出と零細な土管業者の過当競争等により年々減少し、昭和四〇年頃には、右需要は急落していたこと、本件真空製管機の大メーカーとしては、全国的にみても、原告Kと被告会社の二社のみであること、原告Kと被告会社との販路、顧客は、昭和三五年頃から截然と区分されていたこと、昭和四〇年頃以降、土管業界は慢性的不況に陥り、景気は回復しなかつたこと、昭和四一年以降の被告会社の販売数は、原告K同様減少していること、原告K、被告会社の受注数は昭和四六年頃に至つても遂に回復せず、現在では全く跡絶えるに至つたことが認められるのである。この事実関係によると、昭和四〇年一一月以降原告Kの受注の減少、販売数の低下は、機械の普及、買替時期未到来、業界の構造的変化、景気の停滞その他の原因等による需要の減少に起因して発生したものと認め得ないわけでもないのである。

以上の次第で、原告Kの逸失利益の請求は認容することができない。

(二)  新聞広告費

原告Kは、前記被告らの不法行為に対処する必要上、広告を掲載したとして、その広告費を請求する。

〈証拠〉を総合すれば、原告鍛冶関は昭和四一年二月一一日付日刊工業新聞に、「急告」と題し、「本件実用新案は、昭和三九年二月一七日、特許庁より登録抹消処分を受け消滅していることが判明したこと、したがつて、原告鍛冶関は名古屋地方裁判所に対し本件仮処分取消しを申立て、近日、同原告勝訴の判決を受ける」旨の広告を掲載し、昭和四一年三月三一日右株式会社日刊工業新聞社に対し広告代一一万円を支払つたことが認められ、他に、これを左右するに足りる証拠はない。

そして、前記四1(二)(1)(2)(4)に説示したところによれば、右新聞広告代金の範囲内で原告Kの求める金一〇万円は、同原告が被告Iのした本件不法行為によつて蒙つた損害と認めるのが相当であり、したがつて、同原告の同被告に対するこの賠償請求は正当である。

(三)  訴訟関係費用

前記四1(二)に説示のとおり、被告Iのした違法仮処分の申請に対し、原告Kが応訴し或いはこれを取り消すため、弁護士等に委任し、ために支出を余儀なくされた訴訟関係費用は、事件の難易等諸般の事情を斟酌し、相当の範囲で右違法仮処分により通常生ずべき損害と認むべきところ、〈証拠〉に基づき、諸般の事情を彼此勘案すると、本件損害となすべき弁護士費用は、右各金員中、H弁護士に対する前記仮処分控訴事件応訴費用金一〇万円、D弁護士に対する右仮処分取消事件手数料及び謝金中金三〇万円とするのが相当であり、その余の弁護士費用は損害となし得ないか、或いは、損害とするのは相当でないものと解する。また、S弁理士に対する仮処分事件補佐費用一〇万円についてはその日時、右四1(二)説示の事実関係等に徴すると、直ちに、本件仮処分との間の因果関係を肯認するに躊躇せざるを得ないのであり、同弁理士に対するその余の費用については本件損害とはなし難いこと明らかである。

したがつて、この請求部分は金四〇万円の範囲内で認容すべきである。

(四)  謝罪広告

更に、原告Kは、本件各不法行為により、信用を失墜し、回復困難な損害を蒙つたとして、謝罪広告を求めるので、この点につき判断する。

前記事実関係によれば、原告Kが被告Iのした前記二つの不法行為によつて使用を毀損されなかつたとはいい難いのであるが、前記(一)に説示したとおり、同原告の売上高の減少は同被告の右各不法行為に起因するとは、にはかに認めないのであり、また、前記(二)に認定したとおり、同原告は、すでに、自ら、同被告の各不法行為に対処するため、新聞広告をなし、その広告費用は本件損害として、同被告に賠償責任を是認したこと、本件各不法行為後七年有余を経過し、前叙の如く業界の趨勢は当時と全く一変していること、原告Kは金銭賠償をも求めており、かつ、一部これを認容すること等の事実によると、金銭賠償とともに、更に、被告Iに対し、信用を回復する手段として謝罪広告を命じる必要性は豪も存しないものというべきである。

以上の如くであつて、原告Kの謝罪広告の請求は失当たるを免れ得ない。

2原告I工業分―逸失利益

原告T工業が、昭和三九年二月以降原告Kの販売する真空製管機を専ら製造していたことは前記一に認定したとおりである。

しかるところ、原告T工業は、原告Kの販売停止に伴い、原告T工業も製造を停止するを余義なくされ、得べかりし利益を失つた旨主張する。しかし、仮に、同原告に何らかの損害が発生したとしても、前叙の如き経緯で、原告Kに対し違法仮処分を、同原告及び原告Sの両名に対し不当告訴の責任のみを有する被告Iにおいて、その賠償義務を負担しなければならないとは、軽々に、断定し難いところであろう。しかも、被告Iの右不法行為と、原告Kに生じた受注の減少ないし販売の停止との間に、にわかに因果関係を認め難いことは前記説示したところである。

しかりとすれば、原告T工業の請求は、その余の点を判断するまでもなく、認容するに由なきこと明白である。

3原告S分

(一)  慰籍料

被告Iは原告Sに対し、不当告訴に基づく損害賠償義務あることは、前記四2説示のとおりである。

いずれも、〈証拠〉に、前記認定の各事実を総合すれば、原被告間の係争のそもそもの発端は、原告Kが昭和三四年秋頃から、被告Iに無断で、本件実用新案に抵触するイ号口型のついた真空製管機を製造販売し、被告らが開発しつつあつた市場に強引に割り引み得意先を拡張していつた点、すなわち自ら敢て紛争を招いた点にあること、被告Iのした不法行為も、もともとは、右の如き原告らの不当、不正な侵害行為を排除しようとする意図でなされたものであること、しかし、被告らの右侵害排除行為も相当性の範囲を逸脱して違法性を帯びるに至り、これがため、原告Sは精神的、肉体的にそれなりの苦痛を蒙つたことが認められ、原告S本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しえず、他に右認定に反する証拠はない。

以上認定の諸事実に、本件で明らかとなつた諸般の事情を考慮すれば、被告Iの不法行為により原告Sが蒙つた精神た精神的苦痛に対する慰藉料は金五〇万円とするのが相当である。

(二)  謝罪広告

更に、原告Sは、原告Kと同様に、別紙目録(五)記載のとおりの謝罪広告を求めるのであるが、同原告が被告Iのした不当告訴により信用、名誉を設損されたとしても、前記(一)説示の如く同原告の慰藉料請求を認容すること、その他前記五ノ(四)で説示したところをも彼此勘案するときは、金銭賠償とともには、同被告に対し謝罪広告を命じることの不相当であることは明白である。すなわち、原告Sの謝罪広告の請求は認容するを得ない。

六結論

上来説示のとおりであつて、原告Kの本訴請求は被告Iに対し金五〇万円及び、これに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四一年一二月三〇日から完済に至るまで、年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当として認容し、同被告に対するその余の請求及び被告会社に対する請求を失当として棄却し、原告T工業の被告らに対する請求はすべて棄却すべく、原告Rの本訴請求は、原告Iに対し金五〇万円及び、これに対する前同様昭和四一年一二月三〇日から完済に至るまで、前同率の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当として認容し、同被告に対するその余の請求及び、被告会社に対する請求は失当として棄却すべきものである。

よつて、主文のとおり判決する。

(可知鴻平 吉田宏 千葉勝郎)

(一)〜(五)省略

(六) 目録

急告!!

「真空土管機の御使用について」

私が所有致しております実用新案第五二九八七二号の堅型真空土管機につきましては昭和三十六年以降その権侵利害者である碧南市、株式会社K鉄工所(S社長)との間で係争中でありましたが昭和四十年八月十七日名古屋高等裁判所は同社に私の権利抵触にかかる堅型真空土管機の製造、販売、拡布をしてはならないこと、また既製品、半製品及びその製造に使用する機械器具一切の占有を名古屋地方裁判所執行吏に保管せしめる旨の全面勝訴の最終判決を言渡されました。これにより需要家皆様の疑問に御答えすることができたことと共に一部S社長談として「I鉄工所が不当な訴を続けた」旨の報道が根拠のない言葉であることは御理解頂けると思います。以上の通りで権利抵触の真空土管機を購入使用されておられる方は勿論今後購入使用される方々には心ならずも御迷惑を御掛けすることがあるかと思いますので取急ぎ御知らせ申し上げます。

昭和四十年十月十六日

I

愛知県常滑市……

窯業用諸機械設計製作合資会社 I鉄工所

愛知県常滑市……

電話(常滑)……番

土管製造業者各位 殿

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